地域活動で「役職」担う高齢者 認知症のリスク減
2018.02.19
日経電子版 2018/02/18
https://style.nikkei.com/article/DGXMZO26629980X00C18A2000000?channel=DF130120166093
「高齢者が、地域の活動に参加すると、認知症予防につながる」ということは、これまでもよくいわれてきた。このほど発表された高齢者1万3850人の10年間の追跡調査の結果で、「地域活動で『役職』を担うと、さらに認知症リスクが減る」ということが証明された。地域活動への『参加形態』の違いが、認知症リスクの大小に影響する、という新しい事実が分かったのだ。
この研究は、日本老年学的評価研究( JAGES:Japan Gerontological Evaluation Study)プロジェクトの一環として行われたもので、分析の中心になったのは早稲田大学大学院スポーツ科学研究科博士課程の根本裕太さん。高齢者が地域の自治体・町内会・趣味の会などで活動する場合、会長・世話役・会計幹事などの「役職」の有無と、「認知症発症」とにどのような関係があるかを調べるのが、この研究の主な目的だ。
■高齢者1万人超を10年間追跡調査
調査では、愛知県の6市町の高齢者1万3850人を約10年間追跡した。まず2003年に要介護認定を受けていない65歳以上の地域の高齢者2万9374人に対し調査を実施し、回答した1万5313人を、その後2013年3月までの約10年間追跡し、その中で基準を満たした1万3850人を解析した。
まず、「地域活動への参加」だが、2003年の時点で「あなたは次に挙げる会や組織に入っていますか?」という設問を作り、それぞれに「はい」「いいえ」で答えてもらった。具体的な地域活動の種類は、「政治関係の団体や会」「業界団体・同業団体」「ボランティアのグループ」「市民運動・消費者運動」「宗教団体や会」「スポーツ関係のグループやクラブ」「町内会・老人クラブ・消防団など」「趣味の会」である。
次に、いずれかの組織への参加について「はい」と回答した人に、「会や団体で、会長・世話役・会計係などの役員をしていますか?」と質問し、これも「はい」「いいえ」で答えてもらった。
すべての組織に所属していない人は「不参加者」、役職についての質問について「いいえ」と答えた人は「一般参加者」、役職についての質問に「はい」と答えた人は「役職参加者」とした。そして、この3つのグループに分けて、10年間にわたり認知症の発症を追跡した。また、前期高齢者(65~74歳)と、後期高齢者(75歳以上)では、健康状態や生活行動が大きく異なるため、2003年の時点で前期高齢者であるか、後期であるかを分けて分析した。
組織参加について言えば、前期高齢者で3003人(32.5%)が「不参加者」、2514人(27.2%)が「一般参加者」、2784人(30.1%)が「役職参加者」であった。一方、後期高齢者では、1774人(38.4%)が「不参加者」、1289人(27.9%)が「一般参加者」、832人(18.0%)が「役職参加者」であった[注1]。
■「一般参加者」より低い「役職参加者」の認知症リスク
高齢者のうち10年間に認知症を発症した人は、2003年時点の前期高齢者で708人(7.7%)、後期高齢者で1289人(27.9%)であった。認知症の判定の仕方は、「認知症高齢者の日常生活自立度」[注2]で、レベル2以上と判定された人を「認知症発症」とした。性、年齢、教育年数、婚姻状況、居住形態、就業状況、歩行時間、既往歴(心疾患、脳卒中、高血圧、糖尿病)、飲酒、喫煙、抑うつ、IADL(手段的日常生活動作[注3])などを調整して解析した結果が、図1となる。
図1は、前期高齢者の場合だが、一般参加者と比較して、地域活動不参加者の認知症発症リスクは22%増え、逆に役職参加者の認知症リスクは19%減ることが分かった。
根本さんは、「これまで高齢者が様々な地域活動に参加することが、認知症発症リスクの抑制につながるということは分かっていたが、今回の調査研究で、単に参加するだけでなく、組織の世話役などの『役職』を担ってより積極的に参加することが、さらに認知症リスクを下げることが分かった」と解説する。
では、役職を担って地域活動に参加することが、なぜ認知症リスクの更なる軽減につながるのだろうか? 根本さんによれば、「リーダー的役割をするとなると、活動の日数も多くなり、メンバー間の調整など多様な仕事を主体的に行わなければならない。つまり量的にも質的にも活動への参加頻度が増え、その結果、認知機能の低下防止につながるのではないか」という。
■男女による違いはある?
では、どんな団体・会に参加して役職について活動をするのが、認知症の予防のためによいのか? 今回の調査研究では、組織の種類による認知症リスクの差については検討していない。ただ、以前根本さんたちが山梨県都留市で行った研究[注4]では、活動内容の種類別に、認知機能低下との関係を調べている。
その結果によると、男性の場合は、町内会・自治体、老人クラブ、消防団などの「地域組織活動」と、政治団体の会、業界団体・同業団体、住民運動、消費者運動などの「政治経済活動」が、認知機能低下を防ぐ効果が大きいことが分かった。一方、女性の場合は、ボランティア活動への参加が認知活動の低下を防ぐ可能性が高いことが分かっている。
今回の研究では、調査開始時点で75歳以上の後期高齢者については、地域活動への参加や役職を持つことと認知症リスクの間には、関連性が見られなかった。根本さんは、「解釈は難しいが、多くの先行研究で抑うつやIADLの低下と認知機能の低下の関連が認められている」と話す。
後期高齢者では、地域活動への参加よりも健康状態のほうが強く関連していた。「今回の調査では、調査開始時点での地域活動の参加や役職の有無について調べ、認知症発症との関連を検討したが、過去の経験については考慮していないため、関連が認められなかったと考えられる。これまでの研究で、地域活動をしていると良好な健康状態が維持されることが分かっているため、若いうちから地域活動に積極的に関わることで、結果的に認知症を予防することができるのではないか」と根本さんは話す。
ともあれ、高齢者が、自分に合った地域の活動に参加し、運営側としての「役職」を担ってアクティブに活動することが、ひいては認知症予防につながることを、根本さんたちの研究は数多くのデータから科学的に証明している。
[注1]足しても100%にならないのは、「行方不明」の人がいるため
[注2]介護保険の要介護度判定でポイントとなる基準で、認知症の人に必要な介護の度合い、大変さを分類したもの
[注3]「instrumental activities of daily living」の略で、人が日常生活を送る上で必要な動作の中でも、複雑で高次的な動作のこと。例えば、買い物、洗濯、金銭管理、服薬管理、電話応対、交通機関の利用など。よくに似た言葉に「ADL(activities of daily living)」があるが、こちらは摂食、排せつ、移動などより基本的な動作を指す。
[注4]根本裕太ほか.地域高齢者における認知機能低下の関連要因:横断研究. 日本老年医学会雑誌.2017
早稲田大学スポーツ科学研究科博士課程、東京都健康長寿医療センター研究所非常勤職員。早稲田大学大学院修士課程(スポーツ科学)修了後、エーザイを経て現所属。高齢者の社会参加と身体活動量促進を目的とした調査研究ならびに地域介入研究に従事している。
(ライター 金沢明)