その薬の飲み忘れ 「認知症の始まりかも」を考えよう
2017.02.27
日経Gooday 2017/2/27
http://style.nikkei.com/article/DGXMZO12886480U7A210C1000000?channel=DF130120166089
高齢者で認知機能が低下してくると心配になるのが薬のこと。別々に暮らしている親は薬をちゃんと飲んでいるのだろうか。飲み忘れて病気が悪くなったりしていないだろうか。今回は認知機能が低下してきた高齢者の薬の飲み忘れとその対策について紹介する。
高齢になると、複数の持病を持つ人が多くなる。そして病気の数だけ処方される薬の数も増えてくる。そこで問題になるのが薬の管理である。「最近、物忘れが増えてきたけど、お父さん、ちゃんとお薬飲んでいるかしら」と心配するのは別々に暮らしている子どもだけではない。
長年一緒に暮らしていても、薬の管理は本人任せで、どのくらい薬を飲んでいるのか把握していない家族も少なくないだろう。年を取ったからといって急に、「お父さん、今日から私が薬を管理するね」などと言えば、「それくらい自分でできる。ばかにするな」と言われかねない。「物忘れは増えてきたけれど、まだ言動もしっかりしているし大丈夫だろう」と思っていたら、ある日、タンスの奥から飲んでいない薬が大量に見つかったなんてことも珍しい話ではない。
「薬の飲み忘れに気付くのは、意外と家族ではなく、かかりつけ医院の看護師さんや、いつも行く薬局の薬剤師さんだったりします」と東京大学大学院医学系研究科加齢医学(老年病学)教授の秋下雅弘さんは話す。薬を出すときなどに、「この薬、前にもらった分がまだけっこうあるんだよね」と、ぽろっと漏らすことがあるからだ。看護師さんや薬剤師さんはそれを聞いて「あれ? もしかしたら薬が飲めていないのかな」と気付くのである。
■「単なる飲み忘れ」と、「認知症が疑われる飲み忘れ」の違いは?
こうした薬の飲み忘れが、軽度認知障害や認知症の兆候であることも少なくないという。もちろん、薬を1回や2回飲み忘れても、それは単なる物忘れで心配はない。では、どういう飲み忘れが、認知症かもしれない飲み忘れだろうか。秋下さんによれば、「残っている薬がどのくらいあるのか把握していないような場合は、認知症が疑われます」とのこと。
「飲み忘れて、まだ1週間分くらい薬が残っているんですよ」と医師に申告できるなら大丈夫。しかし、「ちゃんと飲んでいるつもりなんだけど、薬が減らない」とか「何日分か分からないけど、薬が残ってしまった」というように、薬を飲んだかどうか曖昧で、残っている薬の数も把握できていないという場合は要注意だ。
薬の飲み忘れに早く気付くためには、1カ月に1回あるいは1~2週間に1回、誰かが残薬を確認することが大事だ。同居していても、そもそも親がどれだけ薬を飲んでいるのか把握できていない場合もある。そういう場合は、例えば病院に行く前日に「お父さん、明日は病院に行く日ですね。薬がまだ残っているか確認してみませんか。もし残っているならその分、次回の薬を減らしてもらえますから、薬代が安くなってお得ですよ」などと話すと、「それなら」と見せてもらいやすい。
間違っても「ちゃんと薬飲んでる?」と相手を疑うような言い方をしてはならない。もし薬が大量に出てきても「こんなに飲み忘れて大変じゃない!」などと責めないことが大切だ。
では、薬の飲み忘れが見つかったら、どう行動すればいいのだろうか。
■薬の飲み忘れが見つかったらまずは医師に相談
薬の飲み忘れが見つかったら、まずは、かかりつけ医に相談することが大事だ。大量の薬が押し入れから出てきたりすると、家族は「こんなに薬を飲んでいなかったなんて」と慌てて、次の日からきちんと薬を飲ませようと管理するが、そうすると薬が効きすぎてしまうことがあるのだ。
「医師は患者さんが薬をきちんと飲んでいることを前提に薬を出しています」と秋下さん。例えば、血圧の薬を出したのに血圧が下がらない場合、医師は薬の量を増やしたり、強い薬に変えたりする。それでも下がらなければ、さらに薬を増やすなど対応する。しかし、実際には薬を飲んでいないために血圧が下がらなかったので、急にすべての薬を飲んでしまうと、血圧が一気に下がってしまう危険性があるのだ。
血圧が急激に下がると、ふらふらして転倒の恐れがある。また、血圧が低下することで脳の血流が悪くなり、その結果、認知機能が低下することもあるという。血圧だけではない。糖尿病の人が急に薬を大量に飲むと低血糖の危険性がある。低血糖は認知症の発症や進行の要因にもなる。
だからといって自己判断で薬を飲んだりやめたりするのはもっと危険だ。「飲み忘れた薬が大量に見つかったら、慌てずに、できるだけ早くかかりつけの医師に相談してください。その際、残っている薬を確認して、どの薬をどのくらいの期間飲んでいなかったのか、分かる範囲でいいので医師に報告してください」と秋下さん。
医師は患者さんの服薬状況を鑑みて、改めてその患者さんに適した薬を考えていくことになる。場合によっては、血圧や血糖値を安定させ、その後の治療方針を決めることを目的に入院したほうがいい場合もある。同時に、物忘れ外来などで認知機能が低下しないか調べていくことも必要となる。
■薬の飲み忘れを防ぐためにはどうすればいい?
薬がきちんと飲めていないことが分かった場合、その後、どうやって薬の管理をしていったらよいのだろう。同居している場合は家族が薬の管理をすることもできるが、別々に暮らしている場合は、それも難しい。
薬を飲み忘れないための工夫としては、薬局にお願いして、薬を一包化してもらう方法もある。また服薬カレンダーやお薬ケースを利用するのも一案だ(図1)。
「病気によっては、週1回の服用でいい飲み薬や注射薬も最近は出ています。別々に暮らしていて薬の管理が難しければ、医師と相談して、そういった薬に替えてもらうこともできるでしょう。そうすれば、ご家族が週1回行って飲ませたり、あるいは訪問看護師さんに週1回来てもらうなどして飲ませることも可能です」
また、薬の管理にはお薬手帳が便利だ。「病院、薬局に行く際には、お薬手帳を必ず持って行くようにしてください。複数の医療機関に通院している場合でも、薬を出してもらう薬局は1カ所のかかりつけ薬局に決めて、お薬手帳も1冊にまとめておくことで管理もしやすくなります」と秋下さん。かかりつけ薬局をつくることで、飲み忘れの薬の把握もしやすくなり、また薬の副作用や、複数の医療機関から出ている薬の飲み合わせなども、薬剤師に管理してもらえるようになる。認知機能に影響を与える薬の副作用や飲み合わせについては次回紹介する。
慢性疾患などで飲んでいる薬は、年を取って認知機能が低下してきたからといって、飲むのをやめることは問題がある。安心して薬が飲めるように、早い段階から、薬の管理方法を見直してみてはいかがだろうか。
次回、「認知症の原因に? 注意したい薬の飲み合わせ、薬の副作用」に続く。
■この人に聞きました
秋下雅弘(あきした・まさひろ)さん
東京大学大学院医学系研究科加齢医学(老年病学)・教授。東京大学高齢社会総合研究機構・副機構長(兼任教授)、東京大学医学部附属病院副院長。1985年東京大学医学部卒業後、同老年病学教室助手、スタンフォード大学研究員、ハーバード大学ブリガム・アンド・ウイメンズ病院研究員、杏林大学医学部高齢医学助教授、東京大学大学院医学系研究科加齢医学助教授などを経て、2013年同教授に。日本老年医学会副理事長、日本老年薬学会代表理事。老年病の性差、高齢者の薬物療法などを主に研究する。主な著書に「薬は5種類まで」(PHP新書)。
(ライター 伊藤左知子)